【vol.22 田園調布】『理想の街』を目指してつくられたガーデンシティの現在

皆さまこんにちは。東京の街を愛する宅地建物取引士、伊勢谷(いせたに)です。こちらの連載では東京の様々な街を “暮らす目線” と “不動産屋目線” でご紹介していきます。

今回訪れたのは高級邸宅街として知られる「田園調布」。東急グループの原点となる『田園都市株式会社』設立のきっかけともなった街です。1915年に旧荏原郡の地主たちが実業家・渋沢栄一氏に相談を持ちかけたことをきっかけに都市計画が立てられたこの街の、現在の姿に迫ります。
区界に位置し「自由が丘」のお隣り
「田園調布」は東急東横線と目黒線が通る急行停車駅。東横線の隣駅は商業施設が多く賑わいをみせる「自由が丘」です。大田区と世田谷区の区界に位置し、南西側には多摩川の雄大な自然が広がっています。東から北にかけて環八、南に中原街道が走っているため車移動にも便利。

▲ 開発のキーとなった放射状かつ同心円状に広がる駅西側の街路にご注目を。記事の後半で「多摩川」駅周辺の自然もご紹介します。
自然と都市の長所を併せ持つ『日本型の田園都市』
さて、まずは駅のご説明から。線路の地下化に合わせ、地上には2000年に「田園調布 東急スクエアガーデン」がオープン。スーパー、銀行、ドラッグストア、書店、飲食店など様々なショップが集まる複合施設となっています。
住民の強い要望により、本館の中心には1923年に建設されたマンサード屋根の旧駅舎を再現した建物が鎮座し、現在も街の顔となっています。

▲ 右下・アネックス館と北館の間にはバスターミナルが。自由が丘、三軒茶屋、渋谷、千歳船橋、池上、蒲田行きなど、様々な路線が発着しています。
マンサード屋根の建物を西に抜けると田園調布3丁目に突入。このエリアこそ、恐らく皆さまが思い浮かべる「田園調布」のイメージと一致する街並みなのではないかと思います。
ロータリーから放射状に街路が延びる形状は、パリの凱旋門から延びるエトワール式道路を模したもの。街路沿いは銀杏並木として整備され、この景観は『せたがや百景』にも選ばれています。

▲ 上・ロータリーではご家族の送迎で一時停車する高級外車を頻繁に見かけました。/左下・銀杏並木沿いに豪邸が建ち並んでいます。/右下・1984年に選定された「せたがや百景」。
同心円状に整備された住宅街の中はというと……一言でいうなれば『圧巻』。他の高級住宅街とは一線を画すオーラを感じます。
これは渋沢栄一が宅地造成時に定めた条例に起因し、1982年にはその思想を受け継ぐ形で田園調布会(町内会)が『田園調布憲章』を策定。現在の大田区地区計画においても、主に田園調布3丁目全域と4丁目の一部にかけて『敷地面積の最低限度は165㎡』『建築物の高さの最高限度は9m』『垣または柵の構造は生垣または網状その他これらに類するものとする』などの条例が定められています。(田園調布1丁目の道路部分、田園調布2丁目の駅及び線路脇も該当。)

▲ 上・時折高級車が通りがかるだけの閑静な住宅街。道路がカーブを描いていることで奥まで見えず、プライバシー性の高い街並みとなっています。/左下・銀杏並木を抜けると現れる「宝来公園」。高低差のある園内には池があるほか遊具も充実。/右下・「宝来公園」より西側は田園調布4丁目に突入します。3丁目に比べ各敷地が細かく分かれている印象です。
瀟洒なスポットの数々
西口の駅前には美食の名店が点在していますが、数は少なめ。これは駅すぐの場所から商業が入り込めない第一種低層住居専用地域に指定されているためです。建物の佇まいから雰囲気があるので、散策のついでに寄り道してみてはいかがでしょうか。

▲ 左上・1973年に創業した老舗パティスリー「Lepi Dor(レピドール)」。/右上・ロッジのような外観をしたイタリアンレストラン「PASTA RI(パスタリ)田園調布」/左下・ドイツ仕込みのハム、ソーセージ、パテなどシャルキュトリ(食肉加工品)を提供する「Metgerei(メッツゲライ)SASAKI」。/右下・ゆったりとした店内でコーヒーがいただけるカフェ「pelican coffee」。
“高級住宅街ならでは” と感じさせてくれるのが会員制の「田園テニス倶楽部」。宅地造成と同じく田園都市株式会社により1934年に誕生しました。隣接する敷地には1936年に「田園コロシアム」が建設され、日本最初のテニス国際試合のほかプロレスやボクシング、コンサート会場にもなった伝説の場所でしたが、1989年に閉鎖され現在はマンションが建っています。

▲ 駅の東側である田園調布2丁目に所在し、線路を挟んで小高くなった場所に3丁目があります。
環八沿いに出ると “田園調布らしい” 風景からは抜け出しますが、外国人向けスーパーがあったり高級外車のディーラーがあったりと、やはり高級住宅街の延長であることを実感します。

▲ 上・「NATIONAL Den-en」は麻布十番にあるインターナショナルスーパーマーケット「NATIONAL AZABU」の姉妹店。入店すると、麻布よりも海外製品は少ない印象でした。/下・「Yanase BMW」「Mercedes-Bentz」などのディーラーが並んでいます。
またこのエリアには皇室関係者も輩出している「田園調布雙葉学園」や進学実績が豊富な「田園調布学園 中等部・高等部」など名門校も集まっています。お隣の「自由が丘」を取材した際は塾の多さに驚いたので、そちらまで通っているお子さまも多そうな印象です。

▲ 上・高台の公園から見下ろした「田園調布雙葉小学校」。近くに幼稚園、中高等科、記念講堂も集まっています。/左下・「田園調布幼稚園」/右下・環八沿いで見かけた英語+学童保育幼児クラスの「Kids UP 田園調布雪谷」。
駅の東側はちょっと元気がない?
駅の東側に広がる田園調布2丁目。メインストリートとも呼べる六間通り(通称・田園調布通り)は開いているお店の数が少なく、人影もまばら。住宅の敷地も他の街と同じように細かく分割されている印象で、3丁目周辺の雰囲気とはギャップがあるように感じました。

▲ 上・六間通り沿いはガランとした雰囲気。/左下・筆者は喫茶店「でんえん」が気になりました。/右下・住宅街ではペンシル型の戸建てを多く目撃。
古墳に遊園地!「多摩川」駅方面にも歴史的名所が
「田園調布」駅とお隣りの「多摩川」駅は歩いて13分ほどの距離。雄大な自然がすぐ近くに広がっています。実は現在の「多摩川」駅周辺も田園都市株式会社によって開発された歴史があるため、取材に合わせてぐるっと散策してきました。
「多摩川」駅の南側にあるのが「多摩川浅間神社」。広いデッキが併設されており、映画「シン・ゴジラ」の冒頭でゴジラが破壊したことでも有名な丸子橋、川の上を走り抜ける電車を眺めることができます。

▲ 上・800年前の創建といわれる「多摩川浅間神社」。家庭円満や安産、子安の神として知られています。/左下・多摩川と丸子橋。対岸には「武蔵小杉」のタワーマンション群。/右下・晴れた日には「富士山」も見える縁起のいい眺め。
駅の東側にあるのが「田園調布せせらぎ公園・せせらぎ館」。かつて「温泉遊園地 多摩川園」があった場所で、これは田園都市の住民に娯楽施設を提供するため、また電車旅客誘致のため、田園都市株式会社により1925年に建設されたものでした。
閉園後は民間のテニスコートとなりましたが、大田区民の地域活動及び文化活動の促進や市域力の向上、憩いの場として活用することを目的に整備され、2021年にオープン。設計デザインは世界的建築家の隈研吾氏が手がけています。

▲ 上・広い芝生広場で走り回る子どもたち。/左下・レストランや休憩スペースのほか体育館、多目的室、集会室などがあり、とてもくつろげそうな雰囲気でした。/右下・園内には湧水があり、ザリガニ釣りを楽しむ親子連れの姿も。
また駅の西側には多摩川に沿って伸びる丘陵地を利用した全長約750mの「多摩川台公園」があり、園内にはなんと4世紀から7世紀の間に建設された古墳が残っています。それだけ昔からこの地で人が暮らしていたということですね。園内は緑で溢れ、枝葉の隙間から見る多摩川の景色もまた格別。お散歩するのにぴったりなスポットでした。

▲ 上・広い園内には水生植物園や遊具のある広場も。/左下・4世紀半に建設されたとされる「亀甲山古墳」。木々に覆われ全貌を拝むことは叶いませんでした。/右下・「古墳展示室」には古墳のレプリカが。
敷地の広い土地・戸建てがメイン マンションは数が少なく築年数が古め
「田園調布」駅から15分以内まで伸ばすと他の駅まで到達してしまうため、今回は徒歩10分圏内で過去3年間の不動産成約情報を調べてみました。まずはアドレス毎にまとめたマップをご覧ください。

▲ 東日本流通機構(REINS)に登録された、過去3年間(2022/8/1-2025/7/31)の成約事例を集計したもの(オーナーチェンジ物件を除く)。いずれも「田園調布」駅より徒歩10分圏内のみを集計しており、同アドレス内でもそれを超えるものや未登録物件はカウントしていないため、全成約を網羅できているものではないことをご了承いただいた上で、ご参考までにご覧ください。(土地 / 建物 / 専有面積45㎡以上、いずれも価格の制限なし)
“田園調布” と名が付くアドレスはふたつあり、大田区の田園調布と世田谷区の玉川田園調布に分かれます。土地や中古戸建ての広さ(平米数)は他の街とは圧倒的な差がありますが、実は坪単価に直すと “超高額” という訳ではありません。

中古マンションは環八が走る田園調布2丁目や多摩川田園調布1丁目に数が集中しています。もうひとつの特徴は築年数が古めであること。大通り沿いを歩いていてもレトロなマンションを複数見かけました。環八や中原街道は災害時の緊急輸送道路に指定されているため、築年数が経過していても耐震補強済みの建物も多いかもしれません。

▲ 左上・中原街道沿いに建つ1971年築「田園調布スカイハイツ」。バルコニーの多くが耐震補強のブレースで覆われています。/右上・NATIONAL Den-enのお向かいにあった1974年築「田園調布アビタシオン」。/左下・玉川田園調布の交差点に建つ1963年築「田園メイゾン」。/右下・D&DEPARTMENT Tokyoが店舗を構える1967年築「田園マンション」。
まとめ
取材と調査を元にまとめた「田園調布」の特徴は以下の3つ。
・アドレスによって街並みは大きく異なる
・田園調布3丁目付近で暮らす場合、景観維持のための努力が不可欠
・“お楽しみ” はひと駅先に
まず強く感じたのは、歩くエリアによって街の印象が異なるということ。田園調布3丁目近辺は別世界にワープしたかのように圧倒される雰囲気ですが、幹線道路沿いに出ると馴染みのある景観に。また “田園調布通り” と名付けられた商店街に活気がなかったのは少し残念に感じました(取材がお盆の時期と重なったことも原因かもしれません)。
住民の方々の誇りとプライドを感じる田園調布3丁目エリアですが、更地を購入して家を建てる場合数々の条例を遵守する必要がありますし、立派な生垣や広いお庭は定期的なお手入れが不可欠。ハードルが高いからこそ売却や相続が困難であるという噂も耳にします。総じて経済的にも精神的にもゆとりを持てる方のみ暮らせるエリアだと感じました。
また駅近辺に商業施設が少ないことから、自然を求めるならば「多摩川」駅方面へ、お買い物や娯楽は「自由が丘」駅へなど、ひと駅先も生活圏内として捉えると暮らしの豊かさが何倍にも増しそうです。
今度は銀杏が色づく秋ごろに街を訪れてみたいと感じました。
おまけ 〜わたしの取材メシ〜
上記の通り、取材に行ったのはお盆真っ只中。事前に下調べし “田園調布3丁目にある「兵隊家」さんで絶対天ぷらそばを食べるぞ!” と決めていたのですが、長時間歩いたのち伺うと『お盆休みはお休みします』の看板が(涙)……致し方なし。結局「NATIONAL Den-en」に併設された「LE TOKYO FRENCH BAKERY ESPRIT by FUJIMORI」さんでパンをテイクアウトしてアイスラテを飲んだのでした(美味しかったです!)。

▲ 上・宝来公園近くにある貴重な飲食店、お蕎麦の「兵隊家」さん。店先には鯉の泳ぐ池がありました。食べたかったぁ……。/下・ベーカリーの店先にて。取材の記念にエコバッグを買って帰りました!